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第36回 ケベック州日本語弁論大会 36th Japanese Language Speech Contest of Quebec




第36回(2026年)ケベック州日本語弁論大会が、3月7日、UQAMにて開催されました。今回は、ベリ・ウカム駅の上に姿をのぞかせる旧サン=ジャック教会の一角、サル・ド・ボワズリで行われ、歴史を感じさせる空間の中、落ち着きと緊張感のある、どこかおごそかな雰囲気に包まれた大会となりました。一方で、会場には参加者を温かく見守るまなざしと拍手があふれ、日本語学習を通じた喜びや達成感が共有される、心和むひとときでもありました。 今年度は初級・中級部門に参加者が集中し、それぞれの部門で力のこもった発表が続き、なかでも中級部門は甲乙つけがたい発表が並び、審査が特に白熱しました。本大会の優勝者は、3月29日に開催された第37回カナダ全国日本語弁論大会(アルバータ大学・高円宮日本教育・研究センター)に出場しました。全国大会では、初級部門のノエミ・ブノワさん(UQAM)が第2位、中級部門のサミ・エラガさん(UQAM)が第3位を獲得し、ケベック州代表として見事な成績を収めました。州大会での努力が全国の舞台でも実を結び、参加者一人ひとりの学びの積み重ねが感じられる結果となりました。


各部門の入賞者:

・初級優勝:ノエミ・ブノワNoémie Benoit (UQAM) 「それだけでいい」

2 位:ウィリアム・ブシェ= ゴイェットWilliam Boucher-Goyette (UQAM)

・中級優勝者:サミ・エラガSami El-Agha (UQAM)

2位:ウントク・チョウYun-Der Chang (UQAM)

・上級1位:ルリス・カイLouris Cai

・オープン優秀賞:唯野新菜Nina Tadano (McGill)


入賞者発表文

初級優勝 ノエミ・ブノワNoémie Benoit (UQAM)「それだけでいい」

去年、日本に行きました。そのけいけんで、日本語をべんきょうしたいとおもうようになりました。だから、夜のじゅぎょうをとりました。楽しみのためです。でも、そのことをまわりの人にはなすと、よく「どうして」と聞かれました。たしかに、どうしてでしょうか。ふあんになりました。日本語は私のしごとにやくにたたないです。まわりに日本人はいません。日本にすみたいとも思っていません。だから、じかんのむだかもしれない、やくにたたないかもしれない、とおもいました。このかんがえかたは、私が人生でよくしていることだと気づきました。たとえば、さいほうが好きです。この前、カバンをぬっていました。とちゅうで、こうおもいました。「どうしてこれを作っているんだろうか。」「カバンはもうたくさんあります。売るわけでもありません。」

「今日は休みの日だから、そうじをしたほうがいいんじゃないか。」そして、いつものように、何もできなくなりました。せいさんてきでもないし、楽しくもありません。「どうして日本語をべんきょうしていますか」と聞かれたら、ほんとのこたえは、さっき言いました。楽しみのためです。どうして私たちはいつも、ぜんぶが何かにやくだつひつようがあるとかんがえるのでしょうか。どうして私たちは、じぶんのこうどうのかちを、やくにたつかどうかではかるのでしょうか。せいさんせいがあり、こうりつよく、やくだつようにがんばりすぎると、人間としてのじぶんを少しわすれてしまう気がします。人生は短いです。とても短いです。しぬときに、私が思い出したいのは、小さなことを楽しんだ時間です。たとえば、夏の夜に、友だちとアイスクリームを食べに行ったことや、恋人と家でえいがを見ながらポップコーンを食べたことや、お茶を飲みながらししゅうをしたことなどです。もちろん、学びや働くことも大切です。でも、ぜんぶはバランスだとおもいます。私は、パフォーマンスのふあんがあっても、そのバランスにちかづきたいです。今日、ここでこのスピーチをしたことは、何のやくにたったでしょうか。それは分かりません。だけど、楽しかったです。そして今回は、それだけでいいときめました。

日本語をべんきょうしているとき、「知足」ということばを見つけました。知足は、ぶっきょうのことばで、「今あるもので十分だとしること」「シンプルなことの中にしあわせを見つけること」といういみです。日本語のべんきょうは、楽しいだけではなく、大切なこともおしえてくれました。ほんとうのしあわせは、小さなことの中にある、ということです。これからも、「それだけでいい」と、このことばを思い出して生きていきたいです。


中級優勝 サミ・エラガSami El-Agha (UQAM)

「多彩なロボットのタルシス」

僕はレバノン人です。僕はケベック人です。この二つのアイデンティティを、自分の中に抱えています。僕はケベックで育ちました。ケベックの学校に行き、ケベックのテレビ番組を見て、ケベック訛りのフランス語を話していました。でも、家は・・・レバノンでした。アラビア語、香辛料の匂い、そして何より、戦争の物語です。それらを何度も聞きました。爆撃、避難、喪失。武器を持たなくても、逃げなくても、トラウマを受け継がれることがあります。それは忍び寄り、根付き、自分の一部になります。では、どうしてそれが「多彩なロボット」の話につながるのでしょうか。7歳のある日、祖父母の家に泊まっていました。ある平凡な夜、テレビで「機動戦士ガンダム」を見ました。巨大なロボット、戦闘、爆発。男の子に関心をもたせるためのすべてがそこにありました。しかし、ガンダムは単にロボットの話ではありません。それは戦争の話です。恐怖の話。傷跡の話です。成長するにつれ、僕への魅力は思索へと変わりました。日本文化や歴史、そして音楽や文学に没頭しました。かつてドラえもんや遊戯王を見ていた子供は、今や村上春樹や村田さやかを読む大人になりました。しかし、そこに繋がる一本の糸は変わりませんでした。「機動戦士ガンダム」。原作者の富野由悠季は日本の戦後に育った世代です。彼と僕の共通点は何でしょうか。私たちは戦争の子供だということです。そして、ロボットの物語をとおして伝えたいメッセージは明らかです。戦争に英雄はいません。生存者しかいません。私たち皆は失います。でも、もし人間性を失わず、憎しみではなく理解を選ぶなら、何かが生まれます。そこに、僕のカタルシスがあります。痛みは、壁ではなく、橋になれるのです。最後に日本を旅行した時のことです。リュック一つで旅をしていました。その頃、レバノン南部は絶え間なくイスラエルに爆撃されていました。毎日、それを思っていました。ある宿の若い主人が、出発の時、僕に言いました。「あんたのことを思います。本当に胸が痛みます。」僕は答えました。「レバノンの人々が強い。日本の人々も強い。支え合いましょう。」それが、多彩なロボットのカタルシスです。痛みを共感に変える力。戦争を人間性に変える力。距離を繋がりに変える力です。選ぶ必要はありません。僕はサミです。レバノン人です。同時にケベック人です。そして、愛しています。人生を愛し、音楽を愛し、日本を愛しています。世界を救うのは力でも、武器でも、旗でもありません。富野さんが教えてくれたとおりに、愛なのです。


中級2位 ウントク・チョウYun-Der Chang (UQAM)

「孤独と共に生きることを学んだ」

みなさんは、「孤独とは何か」と考えたことがありますか。私は正確な年齢は覚えていませんが、かなり小さいころから、この問いを心のどこかで繰り返してきました。子どものころ、私は六回も引っ越しをしました。そのたびに友達と別れ、新しい環境に入っていきました。ずっと一緒に育った幼なじみはいません。そしてモントリオールに来たとき、言葉も文化も違う世界の中で、私は再び一人になりました。人に囲まれていても、どこかで「自分は一人だ」と感じる。それが、私にとっての孤独の始まりでした。しかし、そのモントリオールで、私は日本語の勉強を始めました。最初はただの興味でしたが、学びを続ける中で、日本の考え方に触れるようになりました。その中で出会った考え方の一つが、「色即是空」という言葉です。この言葉は、目に見えるこの世界は一見、複雑さで満ちているように見えるけれど、本質的には「空」、つまり固定された実体のないものだ、という意味です。私はこの考え方に出会って、少し気づきました。外の世界にばかり意味を求めるのではなく、一度そこから離れてみることで、初めて自分自身と向き合えるのではないかと。孤独とは、ただの寂しさではなく、自分に戻るための大切な時間なのかもしれません。

三歳のとき、祖父が亡くなりました。数年前、私は祖母にこう聞きました。「おばあちゃんは、寂しくないの?」祖母は静かに言いました。「誰も、永遠に誰かと一緒にいることはできない」。その言葉を聞いたとき、私は気づきました。私たちは皆、自分の人生を一人で歩く存在なのだということを。ある出来事は一人で受け止め、ある道は一人で進み、ある壁は一人で越えなければならない。だから私は、孤独を避けるのではなく、向き合うものだと考えるようになりました。もちろん、孤独は簡単なものではありません。何もせずに一人でいると、空虚さを感じることもあります。だからこそ私は、本を読み、考え、学び続けます。自分の内側を豊かにするためです。そうすると、孤独は苦しみではなくなり、自分を形づくる時間へと変わります。私はもう、寂しさを埋めるためだけの関係を求めたいとは思いません。孤独の中で、本当の自分として生きたいと思います。時には寂しさに耐えなければならないこともあります。

それでも、私は自分の尊厳を守りたいのです。だから私は思います。孤独を恐れる必要はありません。孤独とは、より深い自分自身に出会うための、大切な時間なのだと思います。「色即是空」の言葉から学んだように、これからも外側の世界に目を向けるだけではなく、自分の内側にある豊かな「空」を、探し続けていきたいと思います。


上級1位 ルリス・カイLouris Cai (UdeM) 「後悔したこと」

学校から帰ると、台所からいい匂いがしてきました。「今日のご飯は何かな」と思いながら、ドアを開けます。そこに立つのは優しく微笑んで、料理している母でした。子どもの頃、そんな時間は、当たり前の日常でした。でも、家を離れて暮らすようになってから、ふと、思うことがあります。どうやら家が恋しくなっていたようです。特に、母の料理に思い出が溢れてくる。あの時、「いつでも食べられる」と思っていた料理は、実はとても特別なものだと、今になって気づきました。

振り返ってみると、今までの人生は小さな後悔の重なりでした。臆病な性格のせいで、言えなかった言葉。やらなかったこと。山ほどあります。そして、その一つが、ある友達のことです。以前住んでいた町には、高校が一つしかありませんでした。だから、幼稚園から一緒に遊んでいた子たちとは、きっと高校卒業までずっと一緒にいるんだろうと、当たり前のように思っていました。でも、ある日突然、入学式から姿が見えなくなった友達が、別れをする機会もないまま消えました。

この十年間、その友達を探していました。先生にも同級生にも色々調べました。でも、手がかりは全然ありませんでした。奇跡は起こりませんでした。今でも時々思うんです。ねえ、覚えている。以前よく遊んでいた幼稚園の樹は、もう枯れて、切られてしまったよ。よく競争していたあの場所は、今、新しいタピオカ店になったんだ。町は少しずつ変わっていきます。でも、思い出は、あの頃のままです。そして、こう考えるようになりました。どんなことも、「これが最後の機会かもしれない」と思って、やり遂げたいと。言いたい言葉は、ちゃんと伝たえていきたいです。なぜなら、時間は戻らないからです。届かなかった想いも、もう二度と届かないかもしれません。だから、すべての出会いを、「一期一会」のように大切にするべきだと思います。「また次の機会がある。」ということは本当にそうでしょうか。そんな保証は、どこにありますか。明日が訪れるかどうかすら、誰にも分からないのに。一度過ぎてしまった時間は、決して戻りません。だからこそ、今できることは、これからの時間を、そして出会いを大切にすることです。人の一生は短い。やり直すことはできません。私たちは、いくつの「後悔できる十年」を持っているのでしょうか。だからこそ、後悔しないように、この限られた人生を、精一杯生きることこそが、この一度きりの命に対する、一番の答えではないでしょうか。


オープン優秀賞 唯野新菜Nina Tadano (McGill) 「私は日本人? 」

皆さんは何人ですか。それはどうやって決めたのでしょうか。

例えば、日本国籍があれば、法律では日本人ですが、国籍を二つ持っている場合はどうですか?

もし、国籍によって決めるのでなければ、どうやって決めますか?血ですか?生まれ育った場所?あるいは教育?そして、誰が決めますか?周りの人?自分?それとも両方ですか?なぜこのような質問を私は考えているのでしょうか。その理由をお話しします。私は唯野新菜です。アメリカと日本のハーフで、生まれはアメリカですが、二人の兄妹の生まれは日本です。父は日本人で、母はアメリカ人です。私はアメリカで育ちましたが、3年前に両親と札幌に引っ越したので、高校生活の前半をアメリカで、後半を日本で過ごしました。日本に引っ越す前、私は他の日本人のハーフに会ったことがほとんどありませんでした。ですから、日本のインターナショナルスクールで、自分と似たハーフの友達に会えることをとても楽しみにしていました。私は心の中で、他のハーフは私のことを全部すぐにわかってくれると思っていましたが、実はそうではありませんでした。私が通った北海道インターナショナルスクールはとても小さい学校でしたが、生徒は多様なアイデンティティーを持っていました。多くの生徒は「部分的に日本人」でしたが、「私は日本人です」と単純に言える人はほとんどいませんでした。例えば、国籍は日本ではないけれど、一番強い気持ちは日本人だという人もいましたし、日本人の帰国子女もいました。また、日本人のハーフも多かったです。ですが、同じような経験やアイデンティティーを持っているハーフは一人もいませんでした。兄弟がいても、その兄弟は同じではありませんでした。私の兄弟も、三人とも日本人の部分とアメリカ人の部分を持っていますが、その強さやバランスはそれぞれ違います。言語や住む国の影響もあるので、ハーフのアイデンティティーは本当にユニークだと思います。インターの経験を通して、私の「日本人」というアイデンティティーのイメージももっと広がりました。

日本のインターでは、期待していたような、自分と同じハーフには出会えませんでしたが、今は、それでよかったと思っています。自分とは違う人と話すことで、自分自身がだんだん理解できるようになっていきました。人生のゴールは「他の人と同じ経験をすること」ではありません。私の人生のゴールはむしろ逆です。一人で成長することも大切ですが、他の人から学ぶことで、一人では得られない多くの学びを得ることができます。だからこそ、自分とは違う人から知恵をもらい、それを生かす方がいいと思います。

大学でも本当に面白くて、国際的な人と出会うために、私はモントリオールの大学に来ました。モントリオールに住んでまだ一年も経っていませんが、すでにさまざまな経験をしています。卒業までに、もっと面白い人とたくさんの経験をして、自分の世界を広げたいです。世界の一番いいところは人間の多様性です。このように、「ハーフ」と言っても同じ人は一人もいません。考えてみると、日本は調和を大切にする社会ですが、「日本人」と言っても一人一人は違います。確かに、周りに合わせて生きる方が簡単かもしれませんが、そうすると自分の人生がもったいないのではないでしょうか。結局のところ、他の人がどう思うかは、実はそれほど重要ではありません。他の人に合わせて、自分を変える必要はないのです。

「私は誰?」「私の人生はどうなるの?」その答えを出せるのは自分だけです。決めたければ、自分で決めればいいし、決めたくなければ、決めなくてもいいです。考えが毎日変わっても構いません。私は今そういうふうに生きています。私の名前は唯野新菜ですが、ただのアメリカ人でも、ただの日本人でも、ただのハーフでもありません。今、私は日本人かどうかはっきり答えられません。自分でもわかっていないからです。でも、それでも私はそんな自分が好きです。


 
 
 

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